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2013-02-12 [あまり美しくはない風景]

盛岡さんさ踊り最終日の8月4日、岩手県庁前に陣取って、勇壮な太鼓の舞と優雅な踊り手の姿を堪能しいてました。
何組かの団体が県庁前でアナウンス紹介され、目の前を踊りながら通り過ぎて行きました。

自衛隊が紹介された時です。突然、特設観覧席から、「自衛隊頑張れ!」という、掛け声とともに、観客席の人たちが
立ち上がって手を振りながら大歓声を上げました。アイドルを見つけたファンの歓声の声のようでした。それもかなり
ご年配の方たちです。どのような方たちなのかと思って尋ねると、昨年の東日本大震災で被災された沿岸市町村の人たち
だそうです。何回か盛岡さんさ踊りを見ていますが、初めての光景です。

なぜ被災者の方たちが自衛隊のさんさ踊りに大歓声を上げたのか。観客の一人に理由を尋ねてみました。そうすると
「だって、震災の時はどれほどお世話になったことか。何もお返しできないから、せめて頑張ってと応援しなくてはと
思った」ということでした。

昨年の震災ほど自衛隊の活動が注目されたことはありませんでした。10万7000人という、空前の規模での災害派遣
も初めてですが、陸・海・空の3自衛隊が、訓練以外で統合任務部隊として運用されたのも初めてのことです。
自衛隊が総力で取り組んだ「自衛隊史上最大の作戦」と言えるでしょう。

岩手県においても自衛隊は、発生当初から人命救助、行方不明者の捜索、炊き出し、物資輸送、入浴支援、音楽隊に
よる激励演奏など、3月11日から7月26日まで138日間にわたって支援活動をしました。そして、本来自治体が行う
べき避難所への支援なども自衛隊が肩代わりしたのです。

自衛隊の支援活動は徹底していました。被災者のニーズに詳細に聞き取り、「そこまでやるか」というくらいきめ細かな
支援を行ってくれました。気の遠くなるようながれきの山をかき分け、降りしきる雪の中、胸まで水に漬かりながら
黙々と救助活動を行う。そんな自衛隊の姿を見て、被災地の誰もが深く感動し、勇気を与えられたに違いありません
自衛隊OBの私でさえ、身の危険も顧みず過酷な状況の中でも黙々と任務を遂行する隊員の姿に、胸が熱くなったほどでした。

被災地の幼稚園児が、「大きくなったら何になりたい?」と質問されたのに対して、「自衛官になる」と答えたという話を
聞きました。その子どもたちにとって、自衛隊は困った人を助けるヒーローに映ったのかもしれません。また被災地で
一人暮らしをしているおばあちゃんが、給水ポイントにペットボトルを持って水をもらいに行ったら、給水支援をしていた
若い自衛隊員が、家の前までポリタンクで水を運んでくれたそうです。水がなくて困っている時でしたから、その時の
自衛隊員が神様のように思え、思わず手を合わせて拝んだそうです。

人は誰でも、見返りがなくても一生懸命に他人のために尽くしている姿を見ると、胸が打たれます。自衛隊は「すべては
被災地・被災者のために」を合言葉に被災地を支援してくれました。自衛隊の支援なしでは、おそらくこの震災は乗り
越えられなかったでしょう。

被災地の人たちは、盛岡さんさ踊りに参加した自衛隊員に大きな声でエールを送ることで、感謝の気持ちを精いっぱい
表したのでした。


以上・・
2012.9月4日付け 河北新報 座標から。 
「自衛隊さんさ参加 被災者感謝込めエール」 岩手県総務部総合防災室主任防災指導員・越野修三氏(盛岡市)


いづみちゃんの遺体を土葬して頂いたのも自衛隊の方々でした 両手に白い手袋し敬礼で埋葬してくれたとうちの
やつから聞きました。そこは東京都大田区の職員の方も大勢支援していださいました。
昨年、初めて陸上自衛隊大和駐屯地に基地祭りを見にいった時、隊員の行進を見て、涙がこぼれました
あの日のブログには大砲ドッカーンしか書きませんでしたが、少し恥ずかしくて泣いたことは書きませんでした(笑)
新聞の切り抜きからです 大分時間が経ちました これでようやく捨てられそうです(笑)。。
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kichi

一致団結した支援力は凄いのですね。
by kichi (2013-02-12 19:02) 

ジョルノ飛曹長

危険な事もがんばってくれる自衛隊はもっと待遇を良くしてあげたいですよねー。^^

by ジョルノ飛曹長 (2013-02-19 13:06) 

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