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紅白歌合戦 [Nikon D300]

『広島って街にさ、飛行機の上からションベンひっかけてやりたいと思ってた』。自伝「成りあがり」の一節である。成功者となった矢沢永吉は錦を飾るべき故郷の空でそう憤激した。

『ガキのころからの屈辱は忘れない』。父を亡くし母に去られる二重苦、三重苦の生い立ち。
「取ったれ、取ったれ、取ったれですよ。取れるだけ取ってやろうですよ」。ツバをまき散らしながら、
はい上がった28年間を記した自伝に1ヵ所だけ30年後の自画像を夢想したくだりがある。
『その日を境に過去のことをピタッと言わなくなる。60歳の誕生日なんか』 
 許す-----極めて困難な精神の作業から、矢沢の人間力を浮き彫りにしたい。

まず10年前の1場面から。あの夏の夜、矢沢はなぜ涙したか。1999年9月横浜国際総合競技場

50歳の記念ステージだった。素肌に白いスーツ。雨にぬれた5万人。アンコールのバラードは2番に入った。

アイ ラブ ユーOK
振り返れば 長くつらい道も おまえ・・・

で絶句した。顔がゆがむ。声にならない。天を仰ぐ。奥歯をかみ締める。1600回のステージで涙を見せたのはこの一度きりという。歌詞は「おまえだけを支えに歩いた」。支えてくれたおまえへの感情が胸を染め弾けた、のだろう。

「ちょっとジンときちゃったんだね。50代のロッカーとしてね、スタートの記念の日です」
公演後の談話だが、最後は意味ありげだった。「1つの区切りの清算かな」。彼の脳裏に浮かんだ
「おまえ」との個人的情景を共有するためには清算の意味を知らねばなるまい。
前年、人生最大と言っていい危機が矢沢を襲った。98年の正月だった。

「よくぞこれだけ俺の周りでポンコラポンコラ起きるなってありましたもの。極め付きはオーストラリアでパコーンとやられましたよね」。ゴールドコーストを舞台にした詐欺事件である。
「(被害額)35億円だから。ギブアップですよね。普通もう立ち上がれないじゃないですか」

銭こそが正義。銭さえあれば正義も悪魔も全部買える。
「昔よくお金のことを言ったじゃないですか。あこがれだったんだね。それとかけ離れた幼少時代を
送ってきたから」。その矢沢に詐欺被害という現実-----。

しかも友人と側近の裏切りである。「髪の毛抜けながら、過呼吸の手前ぐらいまで、精神的にそりゃ
なるじゃないですか、はめたヤツが許せない」。身がよじれるような憤り。苦い酒。「自分に対しても
悔しかったし」。深い自責。

世間の好奇の目が肌に刺さるようで、妻と子ども3人を連れ、米国に移住した。
自壊寸前の矢沢の心に、妻のひと言がしみた。

あなた知ってる?人を恨まば穴2つって。
「人を恨んでばかりいても解決しないってことよ。自分も2つ目の穴に落ちるよ。陥れた連中は忘れて
借金は背負って、返してということを、彼女は言いたかったんじゃないの」

矢沢を知る人に「ボスの支え」を聞くと、皆「奥さんでしょ」と答える。「スーパースターYAZAWA」が
世に浸透し始めた時期、2人の運命が交錯した。

「オイ、これがそろそろレコードになるんだけれどさって時に知り合ったんですよ」
矢沢28歳。名曲「時間よ止まれ」はデモテープ、鼻歌の段階だった。

「誰よりもメロディーメーカー」であることを自負していたが、正当な評価を得られないいら立ちがあった。
彼女は違った。あなたのメロディーはすごい-----。
「最初からそれは言ってた。彼女が聞けば独特の世界があると思うじゃないですか、メロディーに」。
2人だけの時間。リーゼントの前髪下ろし、同時に虚勢という仮面を脱いだ。

苦言にも耳を傾けた。

あなたは裸の王様そのものよ。なぜ広島のことでくだ巻くの。過去がどうとか言うのはもう十分じゃない。
それをハングリー精神にして、ここまで来たんだし。全部許してあげて。それが自分のためだから。

人を許す?俺のため?

20年後、歯がみしながら同じ自問自答を繰返すことになった。怒りのエネルギーは身を焦がすだけだ。
50歳ライブで清算したものとは澱(おり)のようにたまった過去の何事かであり、ざわめく心そのもの
だったのではないか。矢沢は6,7年で借金を完済した。
1人で35億円を、である。
「毎月(最低)2、3千万銀行に払ったんだからね」

人生が思うとおりに行かないのは皆同じだ。
「人はね、動けば何か起きますよ。いい事も、悪い事も、ミディアムも。10のプラスを狙えばマイナスの10も。
嫌だから人生やめますか?1回しょげりゃいいじゃない。落ちればいい。悪い事がずっとはないんだから。
酒でも飲んで、ムックリ起きて、何かやろうみたいな。その繰り返しでやってるんじゃないかと思いますね。


もうひとつの矢沢の難所に目を移したい。
「ロックシンガーの夢をあきらめた瞬間はあるか」。首を左右に振ると思って尋ねたのだが
意外な答えに驚いた。

「一度もないことはないな」。若き矢沢が難渋したのはフォークの国の隆盛だった。
「デビュー前、時代の流れがロックじゃなかった。フォークの時代に突入するわけだ」。
ベトナム反戦を揚げ新宿駅西口ではフォークゲリラによる集会、吉田拓郎、井上陽水------。
「ライブハウスが1軒つぶれ、2軒つぶれっていうことで演奏の場がなくなる。俺たちの存在自体が
終わっちゃうんじゃないか。ダメなんじゃないかなと思ったことは何度かある」

典型が「ヤマト」解散であろう。「キャロル」の前のバンドだった。横浜で火が付いたが、時代の逆風
メンバー脱退で立ち往生した。矢沢22歳。失業。ライブハウスで出会った会社員と結婚したばかりだった。
前妻である。6畳1間、川崎のアパート。家賃滞納3ヶ月。今日の米を買う金すらない。
アイスクリーム屋で、積み下ろしのバイトを見付けた。1日2千円。が、バス賃30円がない。
妻が引出しから5円玉、1円玉をかき集め、駄菓子屋で10円玉3個に替えてきてくれた。
初日、経営者に頭を下げた。5日分、1万円の前借できませんか。情けの「聖徳太子」をもらった。
帰路も30円かかる。両替してバスに乗った。妻に手渡した9970円。
ホントは1万円札をもらったんだけど-----。身重の妻は夫をこう励ましたという。

いつか認められるから、絶対投げ出しちゃダメ。もう一回やって。お願い。

夢は足元に転がっているような代物ではない。ようやくキャロル結成。その3ヵ月後、時機を感じた。
「テレビにさえ出れば、俺たちのことを見るヤツがいると思ってたから。リブ・ヤングに出た時に・・」
日曜夕方の若者向け番組。募集告知を見た。
ロキシーファッションを特集します。革ジャンにリーゼントの似合うヤング集まれ。
「1時間もしないうちに、ジョニー大倉が部屋に駆け込んできてね。永ちゃん、俺もうハガキ出したって」

いったん不採用通知が来たが、ハッタリでテレビ局を説き伏せた。キャロル出演決定。
が、またも困りごとである。革ジャンがない。あるのはポマード1本。妻の結婚指輪を質入した。
1万5千円。黒の革ジャンと革パンツ、ブーツをそろえた。「リーゼントでロックンロールやった。(演奏が)
終わった。案の定すぐに電話掛かってきた。俺はミッキー・カーチスだと」。
ロカビリーの大御所である。
僕、フリーのプロデューサーをやっててね、君たちを世に出したい。で、どっかとケイヤクしてるか?
受話器を握る手が震えた。「契約って言葉聞いた時、シビレたよね。プロデューサーって言やぁ
国家資格が要るぐらいに思ってたからね。夜、川崎に帰った時ね、空を見たんだね。
星がバッと見えた。来た、と思ったよね。来た、と」。

2ヵ月後、「ルイジアナ」発売。矢沢23歳。「絶対このチャンスは逃がさない。必死だったね」
探して、あがいて、むしり取った夢。
「だから面白いじゃない。あのギリギリ感のところがあったから。俺、自分に圧力かけてんのね。周りは疲れたと思うよ」

方向を見失った時、人間は一番苦しい。矢沢を矢沢たらしめている羅針盤があるとすれば
「もう一人の俺」との対話がそれであろう。日常業務のように頻繁に鏡と向き合う。
俺、どうすればいい?もっと徹底的にやらなきゃダメだ!俺、間違ってないか?GREAT。
俺、これでいいよな?NO GOOD!

刹那の行動で生き様は形作られていく。肝心なのは次の一歩をどう踏出すか。自己を巨視的に
眺める第2の目が舵のブレを極小に抑える。
「鏡の向こうにいるヤツは、絶対に裏切らなかった親友なんですよ。おまえ、俺と一緒に来てくれたね

10年前の夏の夜、矢沢は虚空に浮かぶ「おまえ=親友」の艱難を思い、感謝し、そして涙した。

「あの事件のおかげで今の自分があると思います。本当は金が欲しかったわけじゃないってことも分かったのよ。
幸せとは何ぞや。謎が解けたんですよ。俺には音楽がある。俺にはコレがあると思えることが(すなわち)
幸せなんですよ」

この世に変えられない運命などない。矢沢の思考と行動を統一してきた主題はそれだ。
「自分を信じる。おまえだったらやれる」

やるなら今しかない。

「YAZAWA、60歳にして集中攻撃かけてますから。扉、けり破ってね。まだまだやりますんで。
ヨ・ロ・シ・ク」
ポキリと乾いた物言いが、何よりも矢沢の懸命さを伝えていた。


2009年12月26日付け 日経新聞 「それでも運命は変えられる」 矢沢永吉 60歳 から。。



2年前の大晦日、紅白歌合戦・・
20100109.jpg


今年は白組が勝った。
特別ゲストにYAZAWAが歌いました。
しばらく続いていた日経連載を読んでいたせいか、YAZAWAが歌っている時だけ
テレビから感じる、間というか、風というか、臭いというか・・
まるで他の歌い手と違うものを感じました
歌詞のテロップが、違っていたのは・・ あれはテレビ局が悪いね。。(笑)

2009年の終わりの終わりに、素晴らしいものを見させていだきました
にして、歳がいってからの矢沢永吉はもの凄く格好いい!


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takko

もう遅いので後日ゆっくりと読ましていただきます‥ヨロシク!
by takko (2010-01-09 22:48) 

kichi

紅白、森光子少し「…」でしたよね(^^;
by kichi (2010-01-10 17:40) 

ジョルノ飛曹長

食い入るようにテレビみてますね^^
by ジョルノ飛曹長 (2010-01-11 19:17) 

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